488.「★書棚から――お気楽・読書日記(その1・仏教の話)」

※神余くんの世界史あいらんど…河合塾世界史講師「神余秀樹」先生(吉崎の恩師)の“ちょっとdeepな”世界史をご紹介します。

書棚から――お気楽・読書日記(その1・仏教の話

 

「フランス史」でもなく「中国史」でもなく、「美術史」でもなく「思想史」でもなく、

世界史!」を語るという、畏れ多くも、また傲慢不遜な商売を長年続けて来てしまいました。そんな「広く浅くの何でも屋」のネタ本から。

 

◆今日の一冊:植木雅俊『仏教、本当の教え』(中公新書、2011

――原始仏教は女性を全く差別しなかった。それが中国に伝わる際、儒教的な男尊女卑の教えに意図的にねじ曲げられた、という話など。――

 

お釈迦様、ゴータマ仏陀の話も、教室でもずいぶん話しました。当然、「仏教入門」「仏教の歴史」といった本もずいぶん読みました。親を捨て、家族を捨て…、これだけでも仏教の原点とは、かなり大変な話なのですが…。

最近の注目した書が、植木氏の本書です。

原始仏教、つまりゴータマさんとともに活動していたお弟子さんたちのなかに、女性出家者・尼さんが大勢いたことも知られています。

本書では、そんな尼さんのひとりが、ガンジス川で寒さに震えながら沐浴をするバラモン(上級カーストの偉いさん)に「何してんの?」「過去の悪行を沐浴で洗い流しておるのだ」と。「んじゃ、水につかりっぱなしの魚や亀や鰐や蛙は、より解脱してんのね~」。その一言にバラモンは目覚め、仏教に帰依した話。この尼さんは極めて低いカーストの女。そんな彼女の言葉でバラモン様が仏教徒になった、という(p.37)。

生まれ(ジャーティー)」や「皮膚の色(ヴァルナ)」で、人間は差別されるべきではないという教えに加え、女性差別に反対、というより女性を崇拝せよ、と。「夫は妻に奉仕せよ」「女性の自立を認めよ」、ついでに「宝飾品・ジュエリーを買い与えよ!(女性の財産権の承認)」とも(p.75)。

 

しかし、この本の凄いのはこの先です。

サンスクリット語の大乗仏典が、中国に伝播する過程で漢訳される。この漢訳仏典には、男尊女卑の中国の儒教に妥協する形に、意図的な翻訳の改変が行われたという具体例が次々と示される。

植木氏は、『法華経』や『維摩経』をサンスクリット語原典から現代日本語に翻訳する仕事を通じて、旧来の日本でも定番とされてきた仏典テキストにも数々の誤訳があったことも、道元・親鸞・日蓮の例なども挙げながら紹介している。

研究者の仕事の凄さを見せつけられる思いです。

 

日本の“葬式仏教”について

僕も子供の頃、親戚の法事で、お坊さんの唱えるお経をじっと正座して聞かされた。ただ足がしびれる。子供にとっては「苦行」でした。

サンスクリット語の仏典を漢訳した仏典をそのまま音読みして、日本人に意味が伝わるわけない。

――日本人には「分からないこと」を「有難いこと」という変な思想がある、と。

碩学・中村元の言葉を、根本さんは紹介している。(p.129、p.207

 

以前から僕も疑問だったのは、日本のキリスト教会の神父さん・牧師さんらは、ちゃんと日本語で信者さんたちに語りかける。讃美歌だって一応、日本語で歌える

釈尊の教えがそんなに偉大なものなのであれば、仏教のお坊さんたちは、なぜ平易な日本語で、一般庶民に伝えようとしないのか?

 

なお、植木さんは現在の日本の仏教界にはやはり我慢ならぬところがあるようで、「四国の霊験あらたかなことで知られるあるお寺」の僧侶が、巧みな詐欺まがいの手法で、ある大学教授の夫妻から数百万のお金を奪った実話をあげている(p.31)。つまり、政府が正式に「宗教法人」として承認し、世間的にも尊崇されている寺院が、明らかな、ぼったくり詐欺を働いている、と言うのだから、これは凄いことに…。(以上、僕は本の紹介をしているだけですからね~笑)※根拠なき戒名」についてはp.201

 ついでに。

 釈尊の弟子にはクシャトリヤ(王侯・貴族)も多かった。アジャータシャトル(阿闍世)という弟子がある国を攻撃したいと言った時、「あの国では、話し合いを重んじ、年寄りを大事にし、女性の拉致などはしないという。こういう国は、簡単に亡ぼすわけにはいかんぞ」と侵略をやめさせた(p.160)。つまり、人を大切にする民主国家は、外敵の侵略には強いと。

 21世紀になっても、これを理解しない権力者の愚行を聞きながら。

 

                        2022年6月15日・記


〈神余秀樹先生プロフィール〉

 1959年、愛媛県に生まれる。広島大学文学部史学科卒。民間企業勤務などを経て受験屋業界の“情報職人”となる。あふれる情報の山に隠れた“底の堅い動き”。“離れて見ればよく見える”。さらに“常識から疑え”。そんな点も世界史のすごみかと思う。

 目標は「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く」。学校法人河合塾世界史講師。

【著書】

『神余のパノラマ世界史(上・下)』(学研プラス、2010初版・2015改訂版)

『世界史×文化史集中講義12』(旺文社、2009)

『超基礎・神余秀樹の世界史教室』(旺文社、2018)