363.「★感染症の世界史2 〈近現代〉」

※神余くんの世界史あいらんど…河合塾世界史講師「神余秀樹」先生(吉崎の恩師)の“ちょっとdeepな”世界史をご紹介します。

★感染症の世界史2 〈近現代〉

 

18世紀末、英国の医師ジェンナー種痘法を開始(1796。牛の乳を搾る女性たちが牛痘にかかり「私ら、これで天然痘にはかからないわよ」というのを聞き、牛痘の腫物の一部を接種する予防接種を開始。「牝牛」を意味するラテン語vaccaが「ワクチンvaccine」の語源となる。

 

18世紀末~19世紀初、ナポレオンのエジプト遠征軍はペストに苦戦。ロシア遠征ではチフスに苦しむ。

 

1819世紀、インフルエンザの流行が西欧ではたびたび発生(1729~、1781~、1830~、1847~、1886~)。特に1847のものはロンドンから。折しもロンドンでは穀物投機による金融恐慌(1847年恐慌)が生じていた。翌48年パリでは二月革命(七月王政は倒壊)

※ウィーン体制という貴族秩序が崩壊したことで、欧州は戦乱の時代を迎える。これによる19世紀の軍事革命(銃のライフル化。元込め式。スクリュー式の鉄船etc.…)も凄いのだけど、ここでは“密”な兵営が感染の温床となることが重要かと。

 

19世紀、結核コレラが蔓延。従来パリ、ロンドンetc.大都市は汚物と異臭にまみれていた。水道などの都市衛生の不備な貧民街で被害は特に甚大。感染症が格差社会の底辺を襲い、これがさら格差を拡大する循環も生じる

 

1953~、クリミア戦争。死者の3分の2が、コレラ、天然痘、猩紅熱などによる戦病死だった。看護団を率いたナイティンゲール(英)は病院の不衛生を指摘。

 

1861~、南北戦争。「死者62万人」の大半を南軍(49万人)が占めるが、その半分はマラリアによるものと推定される。

19世紀半ば、日本・幕末のコレラ流行。「狐狼狸(コロリ)」などとも称される。ペリー艦隊の艦船が中国経由で長崎に持ち込み江戸でも大流行。緒方洪庵の適塾も対処に苦闘。ペリーは「ぺルリ」ともいわれ、「ぺルリ・コロリ」の語が流布。攘夷運動の拡大の背景となった。流言蜚語とともに感染症の拡大が過激な排外思想を誘発する一例か(2020年末の米国にも同様の事例。)大政奉還の1867年(慶応3)、「ええじゃないか」の乱舞が発生。

1880年、パストゥール(仏)、狂犬病の予防接種に成功(→別掲・関連記事)。

1883年、コッホ(仏)、コレラ菌を発見

1894年、香港でペスト流行。北里柴三郎(コッホに師事)、エルサン(スイス)らが現地に赴き、ほぼ同時にペスト菌を発見。

 

19世紀末、パナマ運河建設工事は難航。マラリア黄熱病(ともに熱帯の蚊による感染症)に現場は苦しんだ。(→運河は1914年に開通。)

米西戦争1898)、両軍の死者の87%までがチフスによるものだった。

日清戦争1894~)、実は「感染症との闘い」でもあった(→別掲・関連記事)。

日露戦争1904~)、戦死者の約半分が戦病死。

1911年、野口英世、梅毒スピロヘータの純粋培養に成功(のち、ガーナで黄熱病で死亡)

 

1918年~、第一次大戦末期のいわゆる「スペイン風邪」。中立国であったスペインだけが自国の状況を発表していたために「スペインのインフルエンザ」と呼ばれることとなるが、発生源は不明とされる(速水融)。ただ、3月に米国カンザス州で発生したインフルエンザが、米軍の大戦への参戦とともにその兵営から欧州戦線全体に拡大したとの見解もある(A・クロスビー)。とにかく、米兵の死者の8割は戦闘ではなく感染症によるものだった。

※中国起源説もある(石弘之『感染症の世界史』[角川文庫]p.212)。 なお、日本での死者数は当時の内務省の発表した「約385000人」とされてきたが、速水融はこの数字には疑念を持ち「45万以上」との推計値を出している。)

 

第二次大戦。東南アジア戦線ではマラリア、ヨーロッパ戦線では発疹チフスが流行。

 

☆感染症に関する文学作品

・トマス=マン『魔の山』(1924年刊、結核の療養所が舞台)

・カミュ『ペスト』(1947年刊、アルジェリアでの都市封鎖が題材)

 

☆その後の展開

1928年、細菌学者フレミング(英)、ペニシリン(青カビから作られる抗生物質を発見。

1957年、アジア・インフルエンザ。

1968年、香港インフルエンザ。

――1970年代、為替相場は変動相場制へ。ヒト・モノ・カネが国境を超えるグローバリズムが復活するとともに、感染症も簡単に国境を超える時代へ。――

1980年代~、後天性免疫不全症候群(AIDS)の流行。特にアフリカではエボラ出血熱も。

2003年、重症急性呼吸器症候群(SARS)、中国南部で発生したコロナ・ウィルス。

2009年、新型インフルエンザ。

2012年、中東呼吸器症候群(MERS)、コロナ・ウィルス。

2019年末、新型コロナ・ウィルス(COVID-19)、中国・武漢で発生。

202021年、世界で大流行。


〈神余秀樹先生プロフィール〉

 1959年、愛媛県に生まれる。広島大学文学部史学科卒。民間企業勤務などを経て受験屋業界の“情報職人”となる。あふれる情報の山に隠れた“底の堅い動き”。“離れて見ればよく見える”。さらに“常識から疑え”。そんな点も世界史のすごみかと思う。

 目標は「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く」。学校法人河合塾世界史講師。

【著書】

『神余のパノラマ世界史(上・下)』(学研プラス、2010初版・2015改訂版)

『世界史×文化史集中講義12』(旺文社、2009)

『超基礎・神余秀樹の世界史教室』(旺文社、2018)