356.「★追憶の予備校バブル時代――――回想録➀」

※神余くんの世界史あいらんど…河合塾世界史講師「神余秀樹」先生(吉崎の恩師)の“ちょっとdeepな”世界史をご紹介します。

★追憶の予備校バブル時代――――回想録➀

例えば、僕よりは少し若い某講師。当時(90年代)は、紫色のスーツ、オレンジ色のジャケット…。で、グラサン。とにかく「ケバイ」ファッションだった。電車に乗れば人が避けてくれた(?)とか。最近の彼は、、、そういえば「フツー」になって久しい。この間、結婚して子供もできて…、本人いわく。奥様に頼まれたらしい。「真人間になってぇ」と。確かに、かつてのあの格好は、金融詐欺商品のセールスマンか、反社×的…か、、。まあ考えてみれば、確かにヨビコー業界自体が異様なギョーカイだったのかも。ヤクザ、プロレスラー、ヨビコー講師…。身体を張っての大道芸人、集めてナンボの客商売、××まがい商法? その道、渡世の“掟”と“仁義” etc.(?)

今ですか? 密を避けて、落ち着いて…。世の中、静かで平和になりました。

20201231日記)

 

★伝説の講師―――――回想録➁
一見ただの小柄な老人。しかし知的な風貌に刻まれた思考の蓄積。柔和な表情に鋭い眼光。塾の職員や他の講師も彼の視野にはなかった。あるのはいつも教室の黒板。彼の教室には常に生徒がつめかけた。伝説が生まれた。講座名『見えてくる現代文』。明解かつ徹底した論理。「こうとしか読めない」。だじゃれネタもパフォーマンスも問答無用だった。

1998年K塾を退職。偶然の縁もあって若輩者の僕に語ってくれた。若き日の思想的・政治的苦闘の軌跡。僻地の高校での教師生活。風雪の日々。そして予備校の教壇。遭遇した毀誉褒貶の世界。日本酒の盃にやや力がこもった。

2000年夏、ガンで入院。見舞いに訪れた僕が眼にしたのは、げっそり体重も衰え、やせ細った老人が、病床まで持ち込んだ書物の狭間で原稿用紙に向かう姿。鬼気迫るものがあった。

それからひと月後、伝説神話となった。最期までギラつく迫力を見せつけられた。故・大川邦夫先生は今、世田谷区内の墓地に眠っています。合掌。

 

2002年の拙文に一部加筆の上、20201231日再録)


〈神余秀樹先生プロフィール〉

 1959年、愛媛県に生まれる。広島大学文学部史学科卒。民間企業勤務などを経て受験屋業界の“情報職人”となる。あふれる情報の山に隠れた“底の堅い動き”。“離れて見ればよく見える”。さらに“常識から疑え”。そんな点も世界史のすごみかと思う。

 目標は「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く」。学校法人河合塾世界史講師。

【著書】

『神余のパノラマ世界史(上・下)』(学研プラス、2010初版・2015改訂版)

『世界史×文化史集中講義12』(旺文社、2009)

『超基礎・神余秀樹の世界史教室』(旺文社、2018)